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三浦主事の民事録
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民事裁判の体験記録です
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金正男は古代の虐殺方法で殺された。

2018/04/01 19:28
1937年(昭和12年)7月29日から翌日にかけ当時塘沽停戦協定によって非武装地帯であった中国河北省通州市で国際法を信じて安心して逗留していた114名の日本人と、111名の朝鮮人が当時治安の維持にあたっていた冀東政府保安隊7000によって虐殺されたいわゆる通州事件が勃発した。「婦女子は悉く暴行凌辱を受け、男子は半ば惨殺され、残余は更に場内東北部の東海子(池の名前)に手に針金を通した姿で連行され、同地域壁近くに於いて機関銃をもって射殺されたのである。」、「ある者は鼻に針金を通され、ある者は大根のように腕や脚を切り刻まれ、目を繰り抜かれ、あるいは耳鼻を切断され、手足の指を裂き、婦女子に至っては、手足を切り刻み自由を奪った後凌辱したものすらあった。また男子の陰部等切断されたものもあった。」

当時蒋介石の国共合作がなった時期であり、冀東政府政務長官殷汝耕長官の裏切りや、共産党の策略、それに乗った蒋介石自身の介入もあったとされている事件である。保安隊は当時通州に駐留していた萱嶋部隊が29日北京(北平)に移動し、国民革命軍第29軍717部隊を排除するため戦闘を行っていて、通州は警備隊18名その他しか残っていなかった。そのすきをついてのいわゆる凌遅刑の実行である。
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